箱の中身はなんだろな

俳優の推しと俳優じゃない推しの話と、推しに向き合う自分の話。

推しについてと対推しスタンス

俳優さんのことを書くブログが欲しいな、と思いこのブログを立ち上げました。
今は俳優さんだけじゃない「推し」の話も書いています。

推しの定義はもう自分が「推しです」と思うかどうかに決めました。推しは推しなので。

今の推しは4人+予備軍数人。いろんな事務所とオフィスキュー*1。キューは子虎*2でありつつ、なんやかんや箱でチェック。
名前もどんな人かもわからないまま書きたい、もしくは推しすべてに関して書きたい時は全員「推し」と呼んでます。

年代は20代〜50代。一番前に好きになった人で2013年から。

いつもずっと知ってた俳優さんを突然好きになります。ほぼ全員そうです。子虎になったのもそう。
理由は私が知りたいくらいで、毎度何を見てたんだという気持ちになります。

ただ「ちゃんとチェックする」俳優さんが数人なのであって「この作品この人も出るんだ嬉しいな〜」とか「この人出るなら面白いかな?」と思う人はたくさんいます。
推理ものを中心にドラマをたくさん見ることもあり、年齢層もタイプも幅広いです。

作品を見る基準は「自分が見たいかどうか」に全てゆだねています。

「ファンを楽しむ」ということを大前提としているので、感覚的ですが「見たい!」と思わなかったらスルー。
過去作品も「見たい!」から「再放送されてるから見てみよう」から「今回はパス」まで色々です。
パスしてしまった作品もいずれ気が変わった時に見れたらとは思ってます。

舞台は一作品二回見たいなーという願望。
一度ハズしたことがあるのでそれ以降ちょっとびびってます。最初に二公演確保するのが怖い。
行くなら東京近郊の劇場で、舞台遠征はしたことないです。二回行くなら最初の方と最後の方。あまり初日や千秋楽に対するこだわりはありません。千秋楽は取れるならとりたい。激戦ならあきらめもつきます。

舞台挨拶などの現場にはテンションやチケットの確保によって出現します。
このあたりは割と気分にムラがあるので行きたいときはめちゃめちゃ行きたいし、まぁいっかな時はレポを見て満足。

*1:大泉洋さんが所属している事務所のこと。25人くらい所属していて、俳優や歌手、タレントなどなど。

*2:水曜どうでしょうのミスター、鈴井貴之さんのファンのこと。

サプライズで推しと初接触したら何の心構えもしきれないまま接触していた

様々なイベントが中止になる中、推しが出演予定だったイベントもひとつ延期となりました。

この状況ではさすがにやらないよね!?と思っていたので安堵感の方が大きかったです。

中止ではなく延期なので、いずれやれるといいな。


今回はここまでイベントがバタバタと中止になる前のお話です。


接触イベントとの関連が低いオタクを長くやっていました。今もそういう人のオタクでもあります。
ですが、推しの増加で接触イベント自体は「今後発生してもおかしくない」という状態でした。ただあってももっと先というか、唐突に現れるもんじゃない。

そんな中行ったとあるイベント。今年初現場です。

推しや推しではないみなさん(好き)のトーク聞いたり映像見たり。まさかな色々があってとても楽しかったです。推しはいつもどおり面白かった。
あと推しこういう服似合うなって前から思ってた服装だったので心の中でガッツポーズしました。推し可愛い。たまにしか着ないテイストで生で拝めるとは思わなかったので衣装も凝視。

運良くプレゼント抽選で当たりまして、手に入れられないと思っていたものをゲット。しかも推しが引いた番号で(渡してくれたのは別の人)(何で)。

嬉しさいっぱいでほくほくでイベントを終了する・・・ところだったんですが。



唐突にお見送りされることになりました。握手つきで。



いやいやいやいや心の準備!!!!!
そういうのは事前に知っててようやく心構えが出来るものなんだよ。急すぎない?いや嬉しいよ。嬉しくないわけがない。えっ推しと接触するの?

といくらぐるぐる考えていてももう始まってる。


推し以外のみなさんとも接触。

そして推し。推し。推しだよ(動揺)。

時間がないので一言しか言えない状況で、私も推しも「ありがとうございます」と言ったような気がする。


終わってからハッとしました(笑)
もっと冷静に見ておけばよかった。せめて前日から考えられればどこを見る、どこを押さえるってことは出来たはずなのに。。。
座席位置的にお見送り決まってから自分の順番来るまで時間はあったんですけど、気づいたら接触してました。

推しを前にしてしまうと実感がなくても緊張してるし余裕がない。ドキドキは推しが抽選で私の番号を呼んだところで何かを使い切ったのか実感がなかったのです。呼ばれた時にドキドキし尽くした。イベントで何かを当てたのも初。抽選の最後に差し掛かっていて、まさかねなんて油断してたからとても驚きました。


推しの手はふっくらしていた気がする。そして目は、ちゃんと見れていただろうか。

推しの手前にいた人とはちゃんと目が合ったんですよ!素敵な笑顔でした!ありがとうございます!
推しのことも見れたような気がする。そういうことにしておきたい。


自分に対する反省会案件ながら、結果的にそつないモブオタクに徹した形になったので、対推しに関してはひとまずよかったかなと。
誰のオタクかはわからなかっただろうけど(笑)それでもいいんです。モブはモブで気楽なのも知っています。

本当に、決まってから接触までが秒。秒ではないけど秒。
もっと推しの声を記憶する勢いで耳を傾けるべきだったし、推しの目をしっかり見るべきでした。

次もしその機会があったら、もっとちゃんとしたい。あわあわしたり前の人をボンヤリ見てる場合じゃない。何が見たくて何を伝えたくて、推しのどこが好きなのか考えるタイムにしなければ。
いや出来れば接触の時は事前告知が嬉しいけども。もしもね。

どうかずっと好きでいさせてね

思っているのに、推しの手紙に書かないようにしている言葉です。

主な理由は今の仕事以外のことをしたくなる日が来てしまうかもしれないから。

私が書いた手紙にはそんな影響力ないだろうけど、もしその時が来たら、どうかファンに遠慮はしないでほしい。
だから、書かない。

でもずっと推しを好きでいたい。大好きな活動を続けてほしいとも思っていて。

もちろん私が悲しくなるようなことを推しがしませんように、という願いもなくはないです。こわいわ。燃えないでください。

それから、降りてしまうというこわさも。
降りるということはないだろうなって思ってた人でも降りてしまうことはあるわけです。自分聞いてますか?

もちろんこう言われて奮い立つ人もいるだろうし、この言葉をかけることが悪いことではないと思います。自分の中では言わない、という風にしているだけの話。


以前推しがちょっとモヤッと来てるっぽいな、って時に書いた手紙も、辞めないでとか続けてってことは結局書きたくなくなって、いかに推しの仕事が好きかということを詰め込みました。


年単位で推して、それでようやく「これからもよろしくお願いします」ということが書けるようになりました。
この言葉もタイトルに近いものがありますね。周年の時にお祝いと一緒だからこれならいいかなと思って。これくらいの話はしたかった。

「この仕事が好き」と言ってくれる推しを見ると安心します。
アイドルも役者もそれ以外でも、「仕事」って言っていいから、もし本当にそう思ってくれてるなら教えて欲しい。


最近、推しの仕事が最終回を迎えたり、最終回が決まったりしました。3件も。
推しだけじゃなくて、TVとか配信とか雑誌とか、ずっと好きでいさせてほしいものはたくさんあります。

3件中2件は理由に納得がいってます。元々期間が決まってたものとか。それなら仕方ないね。
残りの1件はどうしてそうなったのか話を聞かせてほしい。おい。どうしてやめなければならなかった。

オタク無力。最終回までやることはやるけど無力。あー。ファンの声ってどこまで影響があるんだろう。こればっかりは推しの意志だけじゃどうにもならない。

オタクとしての楽しみであると同時に推しの仕事ですからね。もっともっと続いてほしかったな。

今ある好きなものに続いてほしいし、またそう思えることを推しにしてほしい。

推しにどうして手紙を書くのか考える

考えるって書いてみましたけど最終結論は決まってますよ、「書きたい!!!!!」という内なる思いが溢れ出したからですよ!!!!!
私はそうです。

それを何となく紐解いてみました、みたいな感じにしてみます。

気持ちの行き先がないから

自分の中に好きがいっぱいたまったとき、何かしらの形で外に出したくなるというか、いっぱいになったから書いてるんですけど。

現場後に最高!好き!ここがよかった!っていう話あんまり他のオタクとしないんです。
ガチガチのオタクとばかり現場にいるわけじゃないですし。ひとりで行くことも多いですし。
Twitterでだらだら書くのは手紙に書かないようなMCでの発言やどうでもいいポイント。ブログに書くのは推しには言えないポイント(笑)

好きになりたての時の「この推しここが素敵じゃん!好き!」も売れてる人だったり身近にすでにファンの人がいないと聞いてもらうことがない。
私も推しの素敵さをただ話したいだけ。

そうなるともう推し本人に宛てるしか。
いや他にも方法あるでしょうけど推しが好きで書くので送らせてください。

あと、手紙に乗って手を離れるとスッキリするんだと思います。

以前WEBを通じて送ったことがあったんですが、手元に送ったものが残るとそわそわしちゃう。
送ったぞ!っていう履歴が残っちゃうんですよ。消しても相手からは消えないとはいえ消しづらい。

手から離すのも重要だったんだな、と感じました。
まだ残ってますよ長いの。長いよ。

書くこと自体が楽しいから

お手紙書くの楽しい。
最初に本格的な(?)手紙を書いたきっかけは「内なる思いが溢れ出したから」ではありませんでした。

ちょっと、必要性があって書かなきゃいけなくて。
そのときは推しに手紙を書くという発想そのものがなかったんですが、試しに書いてみたら楽しかった。

書く楽しさに気づいてしまったんです。
だからその後は自然と書きたいなーと思うようになりました。


"推し"が好きだと主張したい

推しのことを好きな人がいるよ、と主張する方法は色々あります。
個人写真を買う、チケットを推しの名前で取る、雑誌アンケートを書くなどなど。

それが出来ないこともあります。
映画チケット、グループのCD、円盤、配信番組の再生回数、指名出来ないチケットなどなど。
誰が目当てかわからないものです。

推しの中には、個人主張がほとんど出来ない方がいます。
最大限のことをしても、出来ることはほんの少し。

でも好きなのは推しで。

だからこそ伝えたい。

ちゃんとここにいますよ。見てますよ。あなたのファンなんですよ。
ここが素敵で、この仕事はとても面白かった。あの現場は楽しかった。

推しだからなんだよ、って。

手紙という負担とお手紙が相手に届くということ

相手の負担にならなきゃいいなというのもあります。
私の中では手紙もかなりワガママなことなので。仕事じゃないですし。長いし(2回目)。
読んでくれてるとしたら、本当にありがとうございますの気持ち。

物理的にも、読む読まないは推しの自由としても捨てにくい(でも封筒の手作りとかしてさらに捨てにくくしている)。
全部とってあるって聞いた時マジでどうしてるのと心の中で突っ込みました。

推しではないですが、お焚き上げしてもらってる話を見た時はなるほどなと。書いてる方も気が楽になれるかも。


この間、初めて「お手紙受け取りました報告」に対面したんです。
いやよく見るやつですよ。みんなまとめて言われるやつ。

マメに受け取り報告してる方はファンを大事にされてるんだな、って思うアレです。最近フォローし始めた方が本当にマメな上に丁寧に報告してて愛を感じます。すごい。

全部とってますよって言ったりとか、ファンレターの話をしてるのは見たことありましたが、まさか受け取りました報告に自分が入るとは。

相手にきちんと渡ってるんだと思うと嬉し恥ずかし。送っといて照れる。読んだ話もしてたのでちょっとふわふわしました。
届いた確信を得る機会がなかなかないので新しい体験でした。

普段は手の届かない場所にいる人が、私の書いた文章に時間を割いてくれて、いわば話を聞いてくれてるようなことってとんでもなく奇跡だし、嬉しくってありがたくてますます推してしまう。

「推し」という言葉と推しバレと推しの本職以外部分の話

推しという言葉はとても便利だと思います。

「推し」と書かれていれば、誰か知らなくても「推しなんだな」と思って受け入れることができます。
詳しくない界隈でも、全く知らない人でも。

もし名前が書かれていれば何かイメージがついてしまうし、知らない人ならそれ以上は読まないかもしれない。

私がここに書く「推し」にも、閲覧者の大半が知らないだろうなという人がいます。
逆に大半が名前くらいは知ってくれてるかなと思う人もいます。
でも名前を書かなければ、それは「推し」でしかありません。
これがいいことが悪いことかはさておき、フラットに見れる/見られるのが私にとっては嬉しいところ。

そして複数の推しを「推し」と書けば、推しが誰なのかを隠しながら書くことが出来ます。


私は名前を出してる推しがいますが、名前を出さず界隈すらわからないようにしている推しもいます。あと隠し気味だけど全然バレてもいい推しもいる。

主な理由は身バレを避けたい、万が一にも推しに知られたくない、などなど。
もう理由を書くことから界隈バレが始まるのではないかというレベル。界隈くらいはバレてもよくない?心配性か???


だから色んな人を、時には普段名前を書いている人も「推し」という表現にしています。
普段は推し用のTwitterでも言わないことを、ここでは限りなく、心置きなく書けるように。

Twitterで書けないことっていうのも、別に愚痴とかそういうことではないですよ。基本。推しに愚痴とかないですし。

推しへの褒め言葉だけど、雰囲気的に言わない方がいいかなとか。フォロワーさんがこの人のファンだし黙っとこうかなとか。あるわけですよいろいろ。


推しの本職以外の部分が好きだっていうのにためらいがありまして。

本職がメインでありつつ、どの推しもビジュアルが超好きですし、推しによっては可愛いしかっこいいしもう結婚してくれよな!(極端)(一応本気ではない)と思ったりします。

推しが"そういう売り方"ならいいんですよ。アイドルとか、アイドル対応をする方ならば。
あと推しの写真が販売されたりね。

でもそうじゃない推しに対して可愛い可愛い思ってるのはちょっとだけ後ろめたいというか、推しはどう感じるんだろう、と。
こんな風に思っててごめんね推し。

思うだけで推しの視界に入りかねない場所(リプライを送るTwitter上など)では一切言わないようにしています。
推しには知られたくない。

推しは!超可愛いんですけどね!あとかっこいいんですよー!
もちろん仕事がいいのは大前提。それはそれとして仕草が可愛いな。顔がかっこいいな。

どこにも発散出来ないこの思いを、時々ブログに乗っけてます。

揺れる思い

揺れている。気持ちが揺れている。

推しに対する気持ちがゆらんゆらん。

推しのことは好き。これからも好きでいたい。

でも噛み合わない。
推しと自分で「推しに対する解釈違い」が起きてるのかもしれない。

推しは何がしたいんだろうか。

推しのことが好きなのに、推しの仕事に対する期待がなくなっていく。がっかりしないようにハードルはただ下げられていく。
推しの周りには色々なものが動いているはずだから、推しだけが決めていくことばかりじゃない。

もう何年も好きなのに、何もわからない。それが当たり前。

正直頭打ちだと思う。何か突出したものや、一発が欲しいところ。

後輩が売れていく。焦ってるの?何とかなるなんてことはないよ。何とかしないと。





という文章が下書きに残っていました。さすがにそのまま過ぎたので一部修正しました。
これを書いたとき、何か来てたんですよね。書かずにはいられないくらいモヤモヤしてました。

推しの活動、全部好きじゃなくてもいっか、って前から思ってたんですが、他の方がブログでそう書いてたのをたまたま見かけてさらにストンと気持ちの整理がついてきました。

前記事でも書いたように、基本推しのこと勝手に好きなんです。

推しの活動全部に目を向けなきゃいけないわけじゃないし、自分が好きなとこだけおいしく頂こう。いいとこどり。
それを推しが知ることなんてなくて、知る必要もない。
もっと気にしなくてもいいんじゃない、と思えるようになりました。精神面を考えたら、期待しないのも悪くない。

何となく気にかけてもいないことに後ろめたさみたいなものがありました。でもその必要もないかなって。
結局ほとんど買ってない毎月の雑誌のチェックも気が向いたときでいいよね。知ってなきゃいけないことなんてよほどのことがなけりゃない。

それで何かを逃しても自分のせい。
あと初対面オタクと話すときは困るかもしれない(笑)

いや本当、相手が何でも見てる知ってると思って話しかけちゃダメだなと思います。
自分がそうなので気をつけてても話題がなくなると口に出してしまう。


あと売れる売れないの話はね、私じゃどうにもならん!
私は売り上げの一部だけど、推しが売れるかは動かせないし。
何でこういう売り方するんだろ?ってことはありますが、それも結局受け入れていくしかない。OKならば買い、NGならば放っておく。考えたって仕方ない。
思いもしないところから売れるかもしれないし。

推しはどんなことしたいとか、あんまり言わないです。どうなってほしいみたいな願望も正直あんまりない。
面白かったらいいなーっていう漠然とした思いだけ。それでいいかな。


好きでい続けるために、力を抜いていたい。考えてもしょうがないし!


はー、推し事でモヤモヤした時、ブログやっててよかったなって思います。整理する手段を知っているというか、ごちゃごちゃしたら一旦アウトプットすればいっかなって。それを記事にするかどうかはともかく(笑)
ポジティブな思いなら手紙になって、そうじゃなければブログになるかもしれない。


最近他の推しが、対ファンにとても良いことを書いてくれました。
この人を好きで居続けてもいいんだな、と心を軽くしてくれるようなもの。言葉ひとつひとつがとても嬉しかった。ありがとう推し。嬉しすぎてなぜかスクショしました。

ファンについてちゃんと話してくれる推しはありがたいです。上で書いた推しも言ってくれるしね。
あまり言わない推しはオタクの事どう思ってますか?(聞くなよ)


他にはですねー、珍しくSNSの発言に振り回されています。何でそのタイミングでそういうこと言うの!好き!
SNS無精揃いなので新鮮な体験です。
今のところ割と楽しく振り回されていられます。