箱の中身はなんだろな

俳優の推しと俳優じゃない推しの話と、推しに向き合う自分の話。

推しにどうして手紙を書くのか考える

考えるって書いてみましたけど最終結論は決まってますよ、「書きたい!!!!!」という内なる思いが溢れ出したからですよ!!!!!
私はそうです。

それを何となく紐解いてみました、みたいな感じにしてみます。

気持ちの行き先がないから

自分の中に好きがいっぱいたまったとき、何かしらの形で外に出したくなるというか、いっぱいになったから書いてるんですけど。

現場後に最高!好き!ここがよかった!っていう話あんまり他のオタクとしないんです。
ガチガチのオタクとばかり現場にいるわけじゃないですし。ひとりで行くことも多いですし。
Twitterでだらだら書くのは手紙に書かないようなMCでの発言やどうでもいいポイント。ブログに書くのは推しには言えないポイント(笑)

好きになりたての時の「この推しここが素敵じゃん!好き!」も売れてる人だったり身近にすでにファンの人がいないと聞いてもらうことがない。
私も推しの素敵さをただ話したいだけ。

そうなるともう推し本人に宛てるしか。
いや他にも方法あるでしょうけど推しが好きで書くので送らせてください。

あと、手紙に乗って手を離れるとスッキリするんだと思います。

以前WEBを通じて送ったことがあったんですが、手元に送ったものが残るとそわそわしちゃう。
送ったぞ!っていう履歴が残っちゃうんですよ。消しても相手からは消えないとはいえ消しづらい。

手から離すのも重要だったんだな、と感じました。
まだ残ってますよ長いの。長いよ。

書くこと自体が楽しいから

お手紙書くの楽しい。
最初に本格的な(?)手紙を書いたきっかけは「内なる思いが溢れ出したから」ではありませんでした。

ちょっと、必要性があって書かなきゃいけなくて。
そのときは推しに手紙を書くという発想そのものがなかったんですが、試しに書いてみたら楽しかった。

書く楽しさに気づいてしまったんです。
だからその後は自然と書きたいなーと思うようになりました。


"推し"が好きだと主張したい

推しのことを好きな人がいるよ、と主張する方法は色々あります。
個人写真を買う、チケットを推しの名前で取る、雑誌アンケートを書くなどなど。

それが出来ないこともあります。
映画チケット、グループのCD、円盤、配信番組の再生回数、指名出来ないチケットなどなど。
誰が目当てかわからないものです。

推しの中には、個人主張がほとんど出来ない方がいます。
最大限のことをしても、出来ることはほんの少し。

でも好きなのは推しで。

だからこそ伝えたい。

ちゃんとここにいますよ。見てますよ。あなたのファンなんですよ。
ここが素敵で、この仕事はとても面白かった。あの現場は楽しかった。

推しだからなんだよ、って。

手紙という負担とお手紙が相手に届くということ

相手の負担にならなきゃいいなというのもあります。
私の中では手紙もかなりワガママなことなので。仕事じゃないですし。長いし(2回目)。
読んでくれてるとしたら、本当にありがとうございますの気持ち。

物理的にも、読む読まないは推しの自由としても捨てにくい(でも封筒の手作りとかしてさらに捨てにくくしている)。
全部とってあるって聞いた時マジでどうしてるのと心の中で突っ込みました。

推しではないですが、お焚き上げしてもらってる話を見た時はなるほどなと。書いてる方も気が楽になれるかも。


この間、初めて「お手紙受け取りました報告」に対面したんです。
いやよく見るやつですよ。みんなまとめて言われるやつ。

マメに受け取り報告してる方はファンを大事にされてるんだな、って思うアレです。最近フォローし始めた方が本当にマメな上に丁寧に報告してて愛を感じます。すごい。

全部とってますよって言ったりとか、ファンレターの話をしてるのは見たことありましたが、まさか受け取りました報告に自分が入るとは。

相手にきちんと渡ってるんだと思うと嬉し恥ずかし。送っといて照れる。読んだ話もしてたのでちょっとふわふわしました。
届いた確信を得る機会がなかなかないので新しい体験でした。

普段は手の届かない場所にいる人が、私の書いた文章に時間を割いてくれて、いわば話を聞いてくれてるようなことってとんでもなく奇跡だし、嬉しくってありがたくてますます推してしまう。